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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2187号 判決

控訴人

株式会社ルーク

右代表者代表取締役

小関金馬

他二名

右三名訴訟代理人弁護士

西川三男

生田宗久

被控訴人

六本木一丁目西地区市街地再開発組合

右代表者理事長

青島菊

右訴訟代理人弁護士

遠藤英毅

今村健志

戸張正子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  本件は、六本木一丁目西地区市街地再開発事業の施行者である被控訴人が、権利変換処分により、右再開発事業の施行地区内にある本件建物(原判決別紙物件目録一、二記載の貸室の存在する建物)の所有権を取得し、原判決別紙物件目録一及び二記載の貸室の賃借人である控訴人株式会社ルークの賃借権は消滅した(都市再開発法(以下「法」という。)八七条二項)として、控訴人株式会社ルークに対し、所有権及び法九六条に基づき右貸室の明渡しを求め、同控訴人と共同で原判決別紙物件目録二記載の貸室を占有している控訴人石垣勝哉及び控訴人齋藤玲子に対し、所有権に基づき右貸室の明渡しを求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人らが不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 被控訴人は、法により本件建物の所有権を取得したのであるから、法九八条二項に定める行政代執行の手続によりその権利の実現を図るべきであり、民事訴訟によって本件建物の明渡しを求めることはできない。すなわち、私法においては、所有権は、所有者の自由な意思によらなければ喪失しない。しかるに、被控訴人は、法に基づく権利変換処分という公法上の処分により、本件建物の所有権を取得した。このように、当事者間の合意による所有権の取得ではなく、多数決原理に基づく法による所有権取得を選択した以上、その権利実現の手続も、法に定める行政代執行によるべきである。法の定める権利変換処分と行政代執行とは、不可分一体である。権利変換処分により所有権を取得した被控訴人が行政代執行手続と民事訴訟手続とを任意に選択できるというのは、公法と私法の差異を全く無視する誤った考え方である。したがって、法は、行政代執行を付加的に認めたもので、民事訴訟手続を許さない趣旨ではないとの原判決の判断は、誤りである。このことは、法が明文の規定で行政代執行手続を定めていることからも明らかである。

2 権利変換処分により本件建物の所有権を取得した被控訴人が行政代執行手続ではなく、民事訴訟手続及び民事執行手続を利用することは、権利濫用である。

3 本件建物の前所有者は、被控訴人に対し、権利変換ではなく、金銭給付を希望する旨の申し出(法七一条一項)をしたのに、被控訴人は、これを拒絶し、権利変換手続を選択した。したがって、被控訴人は、禁反言の原則により、民事訴訟手続を選択することはできない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

1  控訴人らの当審における主張1について

市街地再開発事業の施行者には、個人、市街地再開発組合、地方公共団体及び住宅・都市整備公団等がある(法二条の二、第二章)。このうち、市街地再開発組合は、施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者五名以上が共同して、都道府県知事の認可を受けて設立する(法一一条一項)。したがって、その実質は、施行区域内の宅地について私法上の権利を有する者の共同体である。

ところで、権利変換処分があったときは、施行者が権利変換期日において施行地区内の建物の所有権を取得し、借家権その他の建物を目的とする所有権以外の権利は、原則として、消滅する(法八七条二項)。そして、施行者は、市街地再開発事業の工事のため必要があるときは、施行地区内の建物の占有者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができ(法九六条一項)、この請求を受けた占有者は、明渡しの期限までに、施行者に建物を引き渡さなければならない(同条三項)。占有者がその義務を履行しないときは、都道府県知事は、施行者の請求により、行政代執行法の定めに従い、代執行をすることができる(法九八条二項)。これは、市街地再開発事業の推進を図るという公共の利益を実現するため、市街地再開発事業について認可、監督等の権限を有する都道府県知事に、民事訴訟手続による債務名義を得ることなく、簡易迅速に占有者を退去させる権限を認めたものである。したがって、代執行をするかどうかは、第三者である都道府県知事の判断に委ねられており、施行者自ら代執行をすることはできない。

施行者は、市街地再開発事業の実施主体であるが、権利変換処分により施行地区内の建物の所有権という私法上の権利を取得するという面では、私法上の権利の主体でもある。控訴人は、施行者は建物の所有権を取得しているが、所有権に基づく明渡請求をすることは許されないと主張する。そうすると、施行者は、自ら代執行をすることはできないから、自己の権利を実現するには、第三者である都道府県知事による代執行を待つしか方法がないことになる。これは、所有者が自らの判断と責任で自己の権利を実現することを認めないということを意味する。本来所有権は、その行使につき他人の制肘を受けないことをもって、その本質的要素とするものであるから、控訴人の主張は、封建制を克服して成立した近代私法の体系に合致しないものであって、採用することができない。

したがって、法が都道府県知事に代執行の権限を認めているからといって、これが、施行者が所有者として自らの判断により所有者に基づく明渡請求をすることまで否定する趣旨であると解することはできない。

なお、農業共済組合の農作物共済掛金等の徴収は、農業災害補償法八七条の二所定の手続(地方税の滞納処分の例による。)によるべきであって、民事手続による強制執行は許されず、その履行を裁判所に訴求することもできない旨の最高裁判所昭和四一年二月二三日判決・民集二〇巻二号三二〇頁がある。しかし、この判例は、組合員から共済掛金等を徴収する権限を有し、共済掛金等の支払を受ける権利が帰属する主体である農業共済組合が、自ら地方税の滞納処分の例による強制手段を採ることが認められている場合についてのものであり、施行者自ら代執行をすることはできない本件の場合とは、事案を異にする。

2  控訴人らの当審における主張2について

法は、権利変換処分により施行地区内の建物の所有権を取得した施行者が、都道府県知事に代執行を請求せず、占有者に対し民事訴訟手続により建物明渡しを請求することも許容していることは、右1で述べたとおりである。したがって、被控訴人が控訴人らに対し本件建物の明渡しを請求することが権利濫用であるとは認められない。

3  控訴人らの当審における主張3について

証拠(甲一、乙一二、一三)によれば、本件建物の前所有者宇津木ヤス子らは、平成九年八月一九日、法七一条一項に基づき、被控訴人に対し、権利変換ではなく、金銭給付を希望する旨申し出たこと、しかし、本件建物には、住友不動産株式会社を権利者とする処分禁止仮処分の登記があり、住友不動産株式会社が同意しなかったため、宇津木らは、法律上、金銭給付を希望する旨申し出ることはできなかったこと(法七一条二項)、そこで、被控訴人は、宇津木にその旨回答した上、権利変換手続を進めたことが認められる。

この事実によれば、被控訴人が宇津木らの金銭給付の希望申し出に応じなかったのは、法律上有効な金銭給付の希望申し出ではなかったからであると認められる。したがって、被控訴人が本件建物につき権利変換手続を進めたことに問題はない。

また、権利変換処分により本件建物の所有権を取得した被控訴人が控訴人らに対し建物明渡を請求することも法により許容されていることは、前記1のとおりである。

禁反言の原則の適用をいう控訴人らの主張も採用することができない。

二  したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官塚原朋一は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官淺生重機)

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